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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)281号 判決

控訴人 平山勝太郎 外三名

訴訟代理人 山本良一 外五名

被控訴人 明光バス株式会社

訴訟代理人 阿部幸作 外二名

主文

原判決を取消す。

被控訴人の申請を却下する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人等の負担とする旨の判決を求めた。当事者双万の事実上の陳述、証拠の提出認否援用は、控訴代理人において、被控訴人か本件仮処分の本案として占有回収の訴を和歌山地方裁判所田辺支部に提起したのは、昭和三六年六月一六日である。控訴人平井勝太郎が本件土地の占有を取得したのは(この占有取得か侵奪であるか否かは別として)昭和三五年四月一一日以前である。そのことは同日付を以て原判決末尾記載の本件建物につき保存登記がなされており、管轄登記所たる和歌山地方法務局朝来出張所は必ず新築による保存登記については、現地に出張し建物を点検し申請と符合することを確認した上でなけれは申請を受理せず、本件建物についても係官が現地で確認して保存登記をしたものなることからして右建物が同日までに完成していた事実に徴し明らかである。右は本件仮処分申請理由第九項末段において被控訴人自身が主張していることなのである。すなわち被控訴人がそこに「昭和三五年四月九日急拠建築を開始し、短時間を以て殆ど家としての輪廓を完成し、之を四戸建の形と為し、申請趣旨記載の如く被申請人(控訴人)吉次、平井、佐久川の表札を掲げその占有を表示するに至つた。」と記載し、これをそのまま原審口頭弁論で陳述していることは、控訴人等の本件土地に対する侵奪が終つて遂に占有が控訴人等に帰したことを自認しているものと解するの外なく、控訴人等は直ちに表札を掲げ家屋を占有して営業を開始したのである。本件仮処分申請理由第五項には「昭和三四年一〇月下旬申請人会社(被控訴会社)のバスが駐車し非さる僅かの時間に本件土地上に建物コンクリート基礎工事を為し、以て本件土地を侵奪した」とあるのであり、このような基礎工事のみでも、若し控訴人等の土地支配が不法であるとせば、土地の占有侵奪であるから、本案の出訴期間は昭和三四年一〇月下旬から進行するとなすのが元来は正しいのであるが、何れにしても土地の侵奪ということが地上建物の最終的造作の出来上りを見るまで完成しないというわけのものでなく、土地の占有なくして建物の構築は最初から不可能の筈でおそくとも前記四月一一日には殆ど家屋を完成させて保存登記をなし、次いで前記控訴人等を入居せしめたのであるから、その時に本件土地の占有が家屋建築主たる控訴人平井勝太郎に帰した事実については、被控訴人自身先行自白をして来たものであるからこれを援用する。以上によれば被控訴人か提起した本件仮処分の本案たる占有回収の訴は、民法第二〇一条第三項の出訴期間を経過して提起せられたものであつて、被控訴人は本件仮処分の被保全権利を喪失したものであるから本件仮処分申請は却下せらるべきものである。被控訴人の当審における主張中右控訴人等の主張に牴触する部分は悉くこれを争うと述べ、被控訴代理人において、民法第二〇一条第三項の出訴期間の始期についての控訴人等の主張はこれを争う。同条同項にいう「侵奪」とは物の占有者の意思に反して占有を奪うことであり、侵奪は瞬時に完成するものでなく侵奪状態が一定期間を経過すれば、それがそのまま社会の平静なる状態となりうる可能性が客観的に現出されるような侵奪状態となつた時を以て侵奪というべきである。占有の一要件たる「所持」なる状態は物に対する事実上の支配関係が眼目となるべきものではあるが、ここに云う支配関係は物理的なる実力的支配を指すものでなく、物が社会観念上その人の事実的支配に属すると認められる客観的関係に存するとき始めて成立する。すなわち物が物理的なる実力によつてでなく、社会的秩序の力によつて社会的に一応納得の出来る状態によつてその人の支配の中に存すると認められることが「所持」なのである。本件における控訴人等の侵奪は、執行吏保管中の物件に対するものであり公務執行妨害である。このような侵奪が社会的秩序の力によつて瞬時にしてその占有を取得し、侵奪を完成したと見ることはできない。占有は事実関係ではあるが、この関係は社会の秩序力により成立するから、多少継続的な支配関係にあることを必要とし、他人の干渉を社会的秩序力によつて排斥しうる状態にあることを必要とする。本件においても昭和三五年四月一〇日より同年六月末日に至る間本件土地に対する控訴人等と被控訴人間の争奪状態は、本件土地が当初昭和三四年一〇月一九日より控訴人側の実力による占拠に端を発し、これに対する被控訴人の自力救済的実力による応戦によつて終始一貫して展開せられ、昭和三五年七月に至るまで続けられていた。その間昭和三四年一一月二三日頃には本件土地が執行吏保管の状態にあることを無視し、控訴人等は本件地上に建築を開始しかけたが、被控訴人側も直ちに実力を以て反撃し建築物を除却せんとしたが、執行吏が控訴人等を告訴するというので断念した。次いで昭和三五年四月一日田辺支部判決により被控訴人の本件土地に対する間接占有権の正当性を認められ、完全にその権利を回復したに拘らず、控訴人等は再び本件地上に建築を開始するに至つたので、またまた被控訴人との間に実力抗争が開始せられ、被控訴人は本件土地及びその周辺へ土砂を積み上げ、控訴人等の建築を妨げ、その占有を妨害した。そして尚も多数のバスをその周囲へ駐車して本件土地を封鎖した。これに対し控訴人側も実力を以て対抗し、人夫等の出人口を確保する為控訴人勝太郎の息子達がこれを監視し、更に被控訴人側のバスの進入を妨げる為に通路にトラツクを置いて妨害した。右のような実力争奪戦は県所有地をも巻込むに至つたので、県当局より要望があり、やむなく被控訴人も同年六月末日に至り、その時迄準備中であつたところの本件地上物件を実力を以て一挙に粉砕する計画を断念するに至つた。そこで漸く同年七月控訴人側も本件地上物件を完成してこれに移り住むに至り、同月五日本件地上物件において飲食店等を開業するに至つた。然るにその後も被控訴人側労組員は承知せず、八月頃まで尚事実上実力抗争を繰返した。以上の次第であるから本件土地を控訴人等が侵奪し、社会観念上事実上これを支配したと認められる客観的関係を持つに至つたのは、被控訴人が実力抗争を断念した後なる早くとも昭和三五年七月初めである。これを要するに控訴人等が再度建築を開始した同年四月頃には、本件土地には厳然として執行吏保管の公示がなされていたのであり、このような状態にある際に控訴人等か本件土地を占拠しても被控訴人側の実力による争奪戦を押し切り執行吏保管の事実を無視して本件土地を占拠しているものである限り、本件土地の占有を取得した状態にありとはいえず、従つて民法第二〇一条第三項の侵奪なる状態に達したものではない。よつて控訴人等のこの点に関する主張は理由のないものである。と述べ、証拠として被控訴代理人において甲第三六号証、同第三七号証の一、二、同第三八号証の一、二、同第三九号証の一乃至三、同第四〇号証、同第四一号証の一乃至七、同第四二号証、同第四三号証の一、二、および検甲第一号証の一乃至五、同第一号証の二の一乃至六、同第一号証の三の一乃至六、同第一号証の四の一乃至五を提出し、当審証人藤内常四郎、楠本貞一、保瀬万樹、鍵康夫の各証言を援用し、乙第一〇乃至第一三号証の成立を認め、控訴代理人において、乙第一〇乃至一三号証を提出し、控訴人平井勝太郎尋問の結果を援用し、甲第三六、四〇、四一の一乃至七、四二各号証の成立を認め、甲三七、三八、四三各号証の各一、二同第三九号証の一乃至三は不知、検甲第一号各証については撮影年月日を除きその余の被控訴人の主張事実を認める、撮影年月日は不知と述べた外、いづれも原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

なお当裁判所は民事訴訟法第一三一条に基き現場検証を施行した。

理由

第一、和歌山地方裁判所田辺支部昭和三四年(ヨ)第五〇号建築工事妨害禁止仮処分前の本件土地の占有関係については、当裁判所は原判決理由第一記載と同一の判断により、本件土地の占有は被控訴人に帰していたものと判断するからここに右摘示を引用する。

第二、前記仮処分事件関係の各裁判について当事者間に争のない事実と、成立に争のない甲第二二乃至第二四号証第二六、二七、三五、三六号証同じく乙第一〇、一三号証並びに本件記録上当裁判所に顕著な事実を綜合すると、

一、前記仮処分は、本件の控訴人平井勝太郎を申請人とし、本件の被控訴人を被申請人として、前記田辺支部において昭和三四年一一月二日なされたもので、その内容は第一項「本件土地に対する被申請人(被控訴人)の占有を解き執行吏の保管に移す。」第二項「申請人(控訴人勝太郎)の申出によつて本件土地を使用せしめることができる。」第三項「被申請人(被控訴人)は申請人(控訴人勝太郎)の建築工事を妨害してはならぬ。」というものであつた。そしてこの仮処分決定は同日執行吏により執行せられた。

二、右仮処分決定に対しては、被申請人(被控訴人)より同庁同年(モ)第一三〇号第一三二号仮処分取消同異議事件が提起せられると共に、仮処分執行の一時的執行取消申立がなされ、同庁同年(モ)一三三号を以て前記仮処分第二、三項の執行が同年同月九日一時的に取消され、翌一〇日その取消執行がなされた。

三、昭和三五年四月一日右(モ)一三〇号一三二号事件につき(ヨ)第五〇号仮処分は全部取消され仮執行宣言が付された。

四、右取消判決に対し、申請人(控訴人勝太郎)より控訴が提起せられ、同年四月二七日仮執行が停止せられた。

五、同年七月七日本件仮処分申請がなされた。そして昭和三六年二月二四日本件仮処分が前記田辺支部で認容せられた。この判決に対しては同年三月七日控訴がなされ原判決の執行は同月九日停止せられた。

六、四に述べた控訴事件は当庁昭和三五年(ネ)第四七一号事件として当庁に係属し、昭和三六年六月七日控訴棄却の判決が確定した。

七、本件仮処分の本案たる被控訴人を原告とし控訴人等を被告とする本件土地占有回収の訴は、昭和三六年六月一六日提起せられ、昭和三七年五月二八日前記田辺支部は原告の訴却下の判決をした。

以上の事実が疎明せられる。

第三、控訴人勝太郎が本件土地上に建物の建築をなしこれを占拠するに至つたことについて、被控訴人は本件仮処分申請書第九項を陳述することにより、「昭和三四年一一月二三日(前記第二、二の仮処分執行の一時的取消執行がなされてから間もなくの時期である。)大勢の人夫を雇い、右土地上に構築してあつたコンクリート基礎の上に建築を開始したので、執行吏は直に現場に至り右建築を中止させた。」「然るに昭和三五年四月九日(前記第二、三の仮処分が全部取消され仮執行宜言が附せられ同四の仮執行が停止せられるまでの間に当る。)又もや急遽建築を開始し、短期間を以て殆ど家としての輪廓を完成しこれを四戸建の形とし、被申請人(控訴人)吉次、平井、佐久川等の表札を掲げその占有を表示するに至つた。」旨主張し、更に昭和三五年九月二一日付第三準備書面六項八三段目の「被申請人、(控訴人勝太郎)は昭和三五年四月一日異議事件の判決あるや、自己が完全に敗訴せるにも拘らず、直に建築に着手し同月一〇日頃これを完成し、」とある部分および同八項中の「申請人(被控訴人)の占有権ある本件地上において、独善的に占有権ありと主張して申請趣旨記載の如き建築をなし、被申請人等がこれを占有するに及んでは申請人の占有は奪取され、申請人の占有権を行使することができない。」とある部分を各陳述することにより、また昭和三五年一二月二〇日の原審第二回口頭弁論において「昭和三五年四月一〇日頃の前後執行吏の占有保管のまま占有を侵奪されたものである。」と陳述することにより右の如き各主張をしたものであり、これらの主張は控訴人等が当審で先行自白として援用する通り、昭和三五年四月中旬頃に控訴人等が本件土地を占拠したことを自認するものとするのが相当であり、成立に争のない乙第一号証により疎明せられる本件土地上の建物が同年同月一一日控訴人勝太郎の所有名義に保存登記せられていること、成立に争のない乙第一一号証により疎明せられる控訴人平井雄二が同年同月一三日他所から本件土地上の家屋に転入した旨住民票に登録せられている事実からしても、同月中旬頃には本件土地上の建物は不動産として完成し、控訴人勝太郎が本件土地の上に建物を所有し、これに控訴人雄二等を入居させることにより、この土地を占拠した事実か確められるところである。なお前記第二、二の取消執行がなされた昭和三四年一一月一〇日頃の建築の進行状況については、前記甲第二四号証によればセメントによる基礎工事中ということであり(甲第二五号証の写真参照)、これに反し、乙第一二号証によれは、基礎工事の外柱立て柱組み等の工事までなされていた(検甲第一号証の二参照)というのであるが、いづれにしても壁は勿論未だ棟上げもなされていないような建築中の建物の部分は動産にすぎないものであつて、かかるものを他人の占有土地上に附着せしめたからというて占有を妨害したことになつても、未だこれを侵奪したことにはならない。そして建物未完成の状態は、昭和三五年四月一〇日頃の工事再現の時まで続いたことは乙第一二号証で疎明せられる。よつて前記の通り、昭和三五年四月中旬に建物を不動産として完成させたときに控訴人勝太郎が本件土地の占拠を完了したものと判断するのが相当である。

第四、右控訴人の本件土地占拠が民法第二〇〇条二〇一条にいうところの占有侵奪に該当することについて、右占拠当時の本件土地の占有権者は被控訴人である。蓋し前記(ヨ)第五〇号の仮処分第二項第三項はいわゆる満足または断行の仮処分であつて、このような仮処分が執行せられた場合には、占有権もまた仮処分債権者(控訴人勝太郎)に帰し、仮処分債務者(被控訴人)は占有権を喪失するとの説が有力に唱えられているけれども、仮処分の執行は仮の履行状態を作り出すものにすぎないから、これによつて当事者の権利関係に終局的な変動を及ぼしたものと観念すべきではない(大審院昭和八年四月二五日判決民集一二巻八号七三一頁最高裁昭和三五年二月四日判決民集一四巻一号五六頁)。のみならず、仮に前記反対説の立場に立つても、右仮処分第二、三項の執行はその後間もなく一時的執行取消決定の執行によつて取消され(このときの現地の状況は、前に説明した通り建築中の建物部分はいまだ動産の状態にあり、占有権の妨害はあるがその侵奪までには至つていない。成立に争のない甲第二四号証によれば、執行吏は取消執行として公示札を立てたが妨害物は撤去せず妨害の状態はその後も持続した事実が疎明せられる。)、更に昭和三五年四月一日仮処分命令は全部取消され、それに仮執行が付されたのであるから、この取消判決の言渡と共に、一時的執行取消決定が失効したとしても、またその後に同年四月二七日に至り、右判決の仮執行が停止せられても、一旦前記仮処分第二項第三項の断行命令部分の執行の取消執行がなされた以上、これにより仮処分債権者(控訴人勝太郎)は占有権を失い、再び断行的仮処分の執行をなさない限り、仮処分の執行としては、その第一項の執行吏保管状態のみが存し、当初から右第一項の仮処分だけが執行せられた場合と同一の関係にあり、執行吏保管を介する執行債務者(被控訴人)の占有が回復せられたものというべく、この占有は、その後一時的執行取消決定か失効しても、それと同時になされた全面的仮処分取消判決の仮執行宣言により(同年四月二七日これが執行停止を受けるまでは、)支持せられているのみならず、本来右一時的執行取消決定の失効や仮執行の停止は、このような失効或は決定がなされたということだけで当然に既に取消された仮処分第二、三項の執行を取消前の状態に復活せしめ、仮処分債権者(控訴人勝太郎)をして占有権を取得せしめる効力を有するものとは到底解することはできず、せいぜい仮執行の停止後は前記仮処分の拘束状態が当事者間に存する結果これと牴触する限度で仮処分執行を同一当事者間になすことをえないと云う効力を持つに止り、結局前記回復せられた被控訴人の占有には何等の効力を及ぼすものではないと解するのか相当である。そこで右仮処分第二、三項の執行取消執行がなされ(昭和三四年一一月一〇日)、仮処分の全面的取消と仮執行宣言がなされ(昭和三五年四月一日、その当時においても現地の状況は、一時的執行取消のなされたときと大して異るところなくいまだ侵奪には至つていないこと前記の通り)、その仮執行が停止せられる(同年四月二七日)までの間(この間において、右仮処分第一項の執行吏保管がいまだ存続するかどうかについては、一旦なされた執行吏保管の執行により作出された状態は、その解放がなされるか、または他からの侵奪によりその保管状態が破られてしまはない限り、なくならないとみるべく、従つて仮処分第一項取消判決の仮執行により執行吏保管が解消せられた形跡なく、また他からの侵奪もいまだ完了していないこと前叙の通りなる本件では執行吏の保管状態はそのままで被控訴人が占有を続けていたとみるのが妥当であろう。)である昭和三五年四月中旬に、前記の通り控訴人勝太郎が急拠仮処分執行当時の基礎工事などの上に建物を建築完成することによりなされた本件土地占拠は、前記断行命令と占有権との関係についてのいづれの見解によるにせよ、毫も仮処分の執行として合法的になされたものでなく、全く執行吏の保管状態を介して被控訴人の有する本件土地の占有権を不法に奪取したものであり、民法第二〇〇条二〇一条にいう侵奪に該当すること勿論であり、この土地の不法侵奪が、その後の仮処分取消判決の仮執行の停止により、突如として適法なものに変質することもありえない。

第五、侵奪完了時(占有回収の訴の始期)について、

「昭和三五年四月九日に控訴人が急遽建築を開始し、同月一〇日頃これを完成し、間もなく控訴人吉次、平井、佐久川等の表札を掲げた。」事実は被控訴人が本訴において自ら主張するところなること、同月一一日右家屋が控訴人勝太郎名義に所有権保存の登記がなされ、控訴人平井雄二が同月一三日他所から本件土地上の家屋に転入した旨住民票に登録されている事実は、いづれも既に指摘した通りであり、このような情況の下では右の如くして控訴人等が本件家屋を完成し、それに入居することにより本件土地を占拠した同年四月中旬に侵奪は完了し、従つてまたその時から占有回収の訴についての出訴期間は始まるものと判断するのか相当である。被控訴人はその後屡々右控訴人等の家屋における営業は被控訴人側から強度の妨害を受け、戦争状態にも比すべき状態が同年七月中まで継続したから、これの継続した間は占有回収の訴の始期は到来しないと主張するが、当裁判所はこの解釈をとることはできない。蓋し被控訴人の主張は、結局占有を侵奪されても実力を行使してその回復を企図行動している間は、占有回収の訴は提起することができないと云うのであり、これをいいかえると、占有を侵奪されたら実力を行使して居ればいつまででも回収の訴についての出訴期間の始期を延長できると云うに帰するが、このような解釈が果して民法第二〇一条第三項が設けられた立法趣旨に叶うものであろうか、断じて然らず、占有の侵奪が完了するまでに或は完了直後、自力救済が許される時期迄に、許される方法により、回復が実力を以て為されるならばそれをも敢えて違法とするものではないが、既に或る者の占有地上に他の者が家屋を建築独立の不動産として固定せしめたときに、もはやこれを建物収去命令による執行等適法な方法を以てせず、実力を以て取毀つことは、完成直後であつても自救行為として許される範囲を逸脱することは当然で、被控訴人がなしたと主張するその後の実力行使は、総て控訴人等の取得した占有権(これが不法な取得であることは前記の通りであるが、)に対する妨害であるから、それ自体また違法であり、被控訴人としては逸早く占有回収の訴を提起して、その奪取せられた占有の回復を図る必要がある。この訴に短期の出訴の出訴期間が設けられたのは、かかる占有に関する紛争は、出来るだけ早い時期に訴を提起せしめて本権と無関係に迅速に解決する必要があるからに外ならぬ。そうであるから、占有の奪取前に回収の訴の提起できぬことは当然ながら、奪取が完了したならば(本件において奪取完了は建物が不動産として土地に固定せしめられたときと解するのが相当なること前記の通り)、速に占有回収の訴またはこれを本案とする仮処分申請((ヨ)第五〇号仮処分執行の効力に妨げられその取消確定までは適当な仮処分執行の求められぬことも考えられるが、)等合法的な救済方法をとることこそ、法治国民に要請せられるところであり、暴に報ゆるに暴を以てすることを許容するが如き被控訴人の見解は到底排斥を免れない。

第六、結論

以上によれば、本件土地に関する被控訴人の占有は、控訴人等により昭和三五年四月中旬不法に侵奪せられたものであり、民法第二〇一条第三項の出訴期間はその時より進行するから、被控訴人が本案訴訟を提起した昭和三六年六月一六日迄には一年を経過し、本案請求は不適法として却下せられる運命に帰したものであり、(現に昭和三七年五月二八日却下の第一審判決が為された。)本案請求権が行使しえられないものである限り、本件仮処分も亦許容せられぬものなること多言を要しない。よつて原判決を取消し本件申請を却下し、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用し主文の通り判決した。

(裁判長裁判官 田中正雄 裁判官 宅間達彦 裁判官 井上三郎)

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